英国がフレンチブルドッグの「かわいさ」の基準を変えた理由
はじめに
あの潰れた鼻、垂れたシワ、ぺたんとした顔。フレンチブルドッグの「かわいい」を形づくっているパーツが、実は呼吸を苦しくする原因でもある——そう聞いたら、どう感じますか。
2021年12月、英国の公式犬種団体ザ・ケネルクラブが、フレンチブルドッグの犬種標準(ブリーディングの指標となる公式ガイドライン)を改定しました。理由はシンプルです。「かわいい」と見なされてきた極端な顔立ちが、健康問題を引き起こしていたから。日本ではまだあまり報じられていないこの動きを、飼い主目線でかみ砕いてお伝えします。
人気が1,682%も伸びた代償
まず知っておきたいのが、フレンチブルドッグの人気ぶりです。英国では2010年から2021年までの間に、需要がおよそ1,682%も増加しました。セレブが飼っていることでも話題になり、SNS映えする見た目も後押しして、2018年以降は英国で最も人気の犬種のひとつになっています。
ただし、この急激な人気には裏がありました。需要に応えようと、健康や福祉を顧みない繁殖が横行してしまったのです。ケネルクラブはこの状況を重く見て、「極端な特徴を避ける」という原則を、あらためて犬種標準に明記することにしました。
フレンチブルドッグは短頭種(マズルが短い犬種)に分類されます。短頭種は構造上、上気道が狭くなりやすく、呼吸のしにくさにつながることがあります。この呼吸障害は「BOAS(短頭種気道症候群)」と呼ばれ、いびきや暑さへの弱さだけでなく、重症化すると手術が必要になるケースもある、決して軽視できない問題です。
実際に変わった2つのポイント
今回の改定で、犬種標準の文言にはどんな変化があったのでしょうか。ポイントは2つです。
ひとつは、マズル(鼻先から口元にかけての部分)について「横から見てもはっきり確認できること」という一文が加わったこと。もうひとつは、鼻の穴について「目に見えて開いていること」という表現が追加されたことです。
一見地味な変更に思えるかもしれません。でも、審査員やブリーダーが「これくらいなら許容範囲」と判断してきた線引きに対して、より明確な歯止めをかける意図があります。ケネルクラブで健康・福祉を担当するビル・ランバート氏は、次のように述べています。「かわいらしさや愛らしい鳴き声のために生まれた誇張表現が、いつの間にか普通、あるいは望ましいものとして受け入れられてしまっていることを、私たちは強く懸念しています」。
この改定に至る背景には、2019年からケンブリッジ大学と共同で運用してきた「呼吸機能グレーディング制度」の存在もあります。これは、フレンチブルドッグをはじめとする短頭種を対象に、BOASのリスクを段階評価する仕組みです。繁殖に使う犬を選ぶ際の判断材料として、すでに実績を積み重ねてきました。
さらにケネルクラブには「ブリードウォッチ」という仕組みもあります。犬種ごとに「健康上、特に注意すべき見た目の特徴」をリスト化し、ドッグショーの審査員に周知するというものです。フレンチブルドッグも対象犬種のひとつで、極端に短いマズルや、過剰に深いシワなどが注意項目として挙げられています。基準を変えるだけでなく、それを実際の審査や繁殖選抜の場でどう運用するかまで踏み込んでいる点が、今回の動きの本気度を物語っています。
もっと踏み込んだ国もある
英国の対応は、あくまで「基準の見直し」という穏やかなアプローチです。一方で、ヨーロッパにはさらに踏み込んだ国もあります。
ノルウェーでは2022年、オスロ地方裁判所が「イングリッシュ・ブルドッグとキャバリア・キング・チャールズ・スパニエルの現在の繁殖方法は、動物福祉法に違反する」という判決を下しました。この判決はその後、控訴審でブルドッグへの適用が一部見直されたものの、2023年の最高裁判決では「キャバリアの繁殖は継続不可」「ブルドッグの繁殖は健康を守る新たな枠組みに従うこと」という結論に落ち着いています。オランダでも、短頭種の繁殖を制限する法整備が進められました。
対象犬種はイングリッシュ・ブルドッグが中心で、フレンチブルドッグそのものではありません。ただし、どちらも同じ短頭種であり、抱えている健康リスクの構造はよく似ています。「かわいい顔」の裏側にある呼吸の負担が、国境を越えて議論されているという事実は、フレンチブルドッグを愛する私たちにとっても無視できないテーマです。
日本の飼い主が知っておきたいこと
「英国の話でしょ、日本には関係ない」——そう思う方もいるかもしれません。ですが、フレンチブルドッグの人気ぶりは日本も同じ道をたどっています。だからこそ、この動きは他人事ではありません。
子犬を迎える段階でチェックしたいのは、次のような点です。親犬の呼吸に異音がないか、鼻の穴がしっかり開いているか、極端に短い鼻づらを「かわいさ」として強調していないか。ブリーダーやペットショップに質問してみるだけでも、意識は変わってきます。
すでに家族として迎えたフレンチブルドッグがいる方も、心配しすぎる必要はありません。大切なのは、暑い時期の運動を控えめにする、興奮させすぎない、いびきの音が急に変わっていないか観察するといった、日々の小さな気配りです。気になる呼吸音があれば、早めに動物病院で相談してみましょう。
よくある質問
Q1. BOASと診断されたら、必ず手術が必要ですか?
症状の程度によります。軽度であれば体重管理や生活環境の見直しで様子を見ることも多く、重度の場合に外科的な処置が検討されます。まずは獣医師に相談することが第一歩です。
Q2. 日本でも呼吸機能グレーディングのような制度はありますか?
英国のような公式グレーディング制度は、日本ではまだ一般的に普及していません。気になる場合は、フレンチブルドッグの診療実績がある動物病院で相談してみるとよいでしょう。
Q3. 鼻の穴の開き具合は、自分でも見て分かりますか?
ある程度は見た目で判断できます。呼吸のたびに鼻の穴が大きく開閉している、常に狭くつぶれて見える場合は、獣医師に一度診てもらうと安心です。
Q4. 「かわいい」と「健康的」は両立しないのですか?
両立します。ケネルクラブが問題視しているのは「極端さ」であり、フレンチブルドッグらしい愛嬌そのものではありません。健康的な個体にも、あの独特の魅力はしっかり残っています。
まとめ
英国での犬種標準の改定は、「かわいさ」を否定するものではなく、「その先にある健康」に光を当てる動きです。人気の裏側で何が起きているかを知ることは、これからフレンチブルドッグを迎える人にとっても、すでに一緒に暮らしている人にとっても、意味のあることではないでしょうか。愛犬の「呼吸のしやすさ」に、今日から少しだけ意識を向けてみてください。